散歩みち
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2016年10月1日(土) ツイッターより+8
短歌十首
---> 休みから心身休むおもいこそ大事になりて乙なものかな 行有
---> 秋になり元気あるなら御の字かいくら何でもおもいあるかな 行有
---> 悲しくも元気無い秋通り越し難題かかえおもいやられる 行有
---> ここにきてやりたい事を見つけ出し走り出したら止まらないかな 行有
---> 色々と無事に済んだらうれしいな期待し過ぎに要注意かな 行有
---> ここにきてこころおきなく秋があり未来をおもう道があるかな 行有
---> 台風で早めに帰り家の中元気あるなら夜長味わう 行有
---> 秋らしく過ごしていたい気分あり未来を描くおもいあるかな 行有
---> 何となく雑務をこなし雑務あり心はどこかせわしないかな 行有
---> 雨にしてゆっくり寝てる予定からのんびりしたいおもいをこめる 行有
/*秋ながら*/
/*体調管理*/
/*難しく*/
/*平穏無事が*/
/*なによりかしら*/
俳句九句
---> 赤トンボ目で追いかけてどこへ行く 行有
---> 虫時雨なきたいほどに心あり 行有
---> 迷惑なトカゲ寄り付きどうしよう 行有
---> 気がつけばあたり一面虫の闇 行有
---> 秋雨や家の中にて一休み 行有
---> 体調が展開読めぬ秋かしら 行有
---> 一通りやる事あれば秋かしら 行有
---> 新涼に体調微妙備えあれ 行有
---> こちらこそおもいおもいの虫の夜 行有
/*九月尽*/
/*何が何だか*/
/*わけわかめ*/
短歌と俳句と詩
2016年10月11日(火) 雑記
<<追記20161011
みんな賢くなれない。
みんな美しくなれない。
みんな愛らしくなれない。
それで私を何で引っ張るのか理解不能である。
男も女も苦しんでいる。
どうして賢く美しく愛らしくなれないのを私の責任になるのか理解不能である。
ただ単にどうしようもないねえぐらいしかない。
それで女は日本語にもならず叫んでいる。
そんなんで解決したら私は努力しない。
そんな事は不可能だから努力しているのである。
大体先行く未来を考えたら
どんな事だって努力する事はたくさんある。
未来に先回りして努力するしかない。
それで計画性もなく場当たり的だから誰も相手にしないのである。
努力する事はたくさんあるのである。
それに誰も気づかないまま叫んでいる。
そこまで来たらボケバカアホとしか思えない。
お前の努力は叫ぶことかよである。
未来に先回りすれば他に努力する事はたくさんある。
なのに努力を失っている。
結局努力しない人が私を困らせているだけである。
それを私がどうしようもない。
なんかそんな感じなので努力したもの勝ちなんじゃあないのかと思う。
私的には他人がしない努力をした方がいい気もしている。
結構努力する価値はそこらじゅうにあるように思う。
それが他人はおこたっているから困窮するのである。
若いうちからそれなりに努力しないと何に努力したらいいか思いつかない。
私は大学と大学院修士まで行ったので消化不良のところに努力を見出している。
多分努力することが見出せないなら思い切って冒険するのも必要かもしれない。
東芝テックの子会社に6年半いたのもある意味冒険だったように思う。
みちしる沼津に三年目である。それなりに自分を冷静に分析できた気がする。
このホームページだけでも価値があった気がする。
まだ読みたい本もたくさんある。
ボチボチやりたい。
<<追記20161011end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月12日(水) 雑記
<<追記20161012
賢い人はそんなこと言わない。
美しい人はそんなこと言わない。
愛らしい人はそんなこと言わない。
こんなんで大体人間は判断できる。
誰がタコでボケでアホでバカなのか叫び声一つでわかる。
言わないことを言っている認識が無い。
すごいタコでボケでアホでバカの人生が待っているのがわかる。
そんな手前私自身ストレスである。
そんな女が私の人生に関わってくること自体がストレスである。
出来るならお荷物の男も女も
無関係な人生を送りたい。
なのに毎日幻聴で関わってくる。
どうしようもない人生を私にもどうしようもない。
結局人のアドバイスを聞くぐらいしかない。
なのにそれも抵抗している。
どこまでもどうしようもない男と女である。
それに私が何の関係があるのか理解不能である。
大体人の言っていること聞いてるだけで判断できるのである。
それが全く理解できていない。
どうしたら信用される発言なのか考えていない。
信用もおけない発言繰り返して
一体それが何のストレスなのか理解できていない。
それをいちいち指摘していたら日が暮れる。
そんな暇が無いというのが私の本音である。
この世や自然の複雑さを考えたら当然である。
小中学校の頃の無視は今も同じである。
それをわからせるなんて不可能である。
そこで私がとりえる態度は民主主義的態度である。
私自身が私なりにゴールを目指すという事である。
権力があろうが無かろうが最善を目指す。
わけわからん奴が何と言おうが
それが私のとりえる態度である。
<<追記20161012end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月14日(金) ツイッターより+8 外国語 雑記
短歌十首
---> 雨の中秋がただよう休みありあらゆるものが面倒かしら 行有
---> 手がなくてサーバーダウンどうしようグーグル残る我が道かしら 行有
---> やりきれぬ男と女お荷物のおんぶにだっこ話にならぬ 行有
---> テレビ見て疲れてしまう休みあり仕事とテレビ似ているかしら 行有
---> いつまでもなるにまかせて日が過ぎるどうなる事かわからぬままに 行有
---> 疲れてもあしたがあるさ言い聞かし横になるなり覚悟を決める 行有
---> 仕事して疲れて帰るひと時は健康ありて感謝するかな 行有
---> 父親となんだかんだと五年経つ早いものだと不思議な気持ち 行有
---> 落ち着きを取り戻すなりありがたく楽しい事もまだまだあるさ 行有
---> 秋の朝元気あるならありがたく気合とともに始まるかしら 行有
/*秋にして*/
/*夢のまた夢*/
/*先まわり*/
/*夢ある限り*/
/*続くものかな*/
俳句九句
---> 十月の穏やかな時求めてる 行有
---> 柿あれば悲喜こもごもの我が身かな 行有
---> 彼岸花どこ行く道ぞ問いかける 行有
---> 秋の日に計画立ててほくそ笑む 行有
---> 落ち着いて深まるものは秋の空 行有
---> 秋空におもいおもいの道中よ 行有
---> 秋時雨一息ついて家の中 行有
---> 夕暮れのいわし雲ありたそがれる 行有
---> 祝う何変哲も無いススキかな 行有
/*ゆく秋に*/
/*平静になり*/
/*読書かな*/
短歌と俳句と詩<<追記20161014
最近は電車の中で
会計やら民法やら哲学やら世界史やら音楽やら経済学やら数学やら
天文やら物理やらメモ術やら英語やらの本を少しずつ消化して
家では英語やらドイツ語やらフランス語やらプロジェクトマネージャの本を消化している。
懸案のプロジェクトマネージャの試験を受けるか受けないかまだ判断出来ていない。
私自身がプロジェクトマネージャになりたいかと言われるとそうでもない気もする。
何でこの勉強がしたいかと言うといろんな分野に応用が出来そうだからである。
もしかしたらそんな機会がおとずれて役に立つ可能性があるように思うのである。
そして私個人が自己管理できるかもしれないというのもある。
ある意味
組織になったらどうすれば効率のいい仕事が出来るかそれが私の関心事である。
それは経営学やら会計やら経済学でもあらわれている。
私には何となく理想の組織を作り出したい感がある。
今のみちしる沼津にいても色々感じる。
組織の意味とか個人の意味とかである。
他にも何か個人が幸せになる組織にも興味がある。
上司だけが幸せなんじゃあなく上司や部下が幸せな組織である。
そんな事を最近考えている。
それが突発的な始まりと終わりがはっきりしているプロジェクトマネージャにも関係している。
それはそれで組織論として明解に見えてくる気がする。
最終的に組織っていいねと思える社会にしたい。
それがこの世にいて希薄である。
自分一人で生きている気分である。それが私の悩みの種である。
組織にいかされている気がしない。
まあ私の身分はそうであるというのもあるけれど
私だけ悩んでいるわけではないと思う。
仕事していたら誰しも感じるんだろうと思う。
それはそれで仕事の種である。
<<追記20161014end
英語の掲示板と
ドイツ語の掲示板と
フランス語の掲示板に追記した。
2016年10月16日(日) 近況
<<追記20161016
今日はJRさわやかウォーキングで富士川駅だった。
なんだかサーバーも今日が復旧日だったけど今も復旧していない。
そして私もどうしようもない話を聞いてもどうしようもない。
話にもなってないのを私が何の関係があるのか理解不能である。
関係無い話をいっぱいして私はどうしろというのか理解できない。
関係無いだけである。
それを認識できないっていうだけである。
情報処理の試験も私自身理系の大卒でもあるわけで
それなりに英語や数学や物理の知識はあるわけで
そういう下地をもとに発言しているのである。
そして実務も経験している。それは修士の時や会社にいてそれなりである。
そんな私が何の関係も無い人の話を聞かなあかんのか
そして指導せなあかんのか理解不能である。
せめて授業料くれと言いたい。
私は私の関係のある事を考えたい。
そんな不正解なんて言い出したら何も解決しない。
正解を求めないとただ時間が浪費するだけである。
私の言っている事は私の経験上ありえる話である。
私の経験は経歴でもある。
それで通じない女がいくら頑張っても
私には何の関係が無い。私は何の関係も無い人生を送るっていうだけである。
何でこんなに不可能を繰り返すのか
わからんけど私を苦しめている以上もっと苦しめばいいと思っている。
せいぜい
数学がわからないから試験が不合格とか
英語がわからないからプログラムの仕事が出来無いとか
それはそれでありえる話だと思う。
そしてそれが他人のせいで幻聴であらわれ私を苦しめている。
私が苦しんでいる以上他人はもっと苦しむべきである。
私のする事は出来るだけ負担の無い生活をする事である。
それを出来るだけ選択したい。
私は何にも苦しむ必要が無い。
なのに他人だけ苦しんでいる。そんなん疫病神っていうだけである。
そんな不正解をたくさん持ってて何でそれが私にとって関係あるのかわからない。
正解を見つけないとただの時間の無駄である。
その苦しみが私には無関係なのである。
なのにまとわりついてくる。それが幻聴女の核心である。
不正解と苦しみとまとわりついてくる。
えらい迷惑な話である。
そんなんが一体どこに愛があるのかわからない。
誰も救えない。
そんな事よりサーバーなんとかならんかなあと思う。
そっちの方が期待値がある。
またしばらく様子見である。
<<追記20161016end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月17日(月) 雑記
<<追記20161017
サーバーが10/30に変更した。もしかしたらその途中で順次復旧するかもしれない。
白装束の教祖みたいに
千本病院で背骨をひねったらギックリ腰のように痛くなった。
テスターで自分の周りの電圧計と電流計測ったらスカラー波のような変化を示した。
まぶたが光ったり布団が光ったりした。
反射的に何かをやってしまう催眠術もあった。
車の窓に反射して見える映像通りに同じ事を反射的にやってしまった。
これが人権問題にならないのが理解出来無い。
大体人間はじっくり考えて考え方が変わるものである。
それも理解せず答えが決まっているように反射的になんか物事は進まない。
それが脳科学なんて私は信じられない。
こうやって文章考えているうちに考えが変わる事だってありえる。
つまりそういう経験が無い人が脳科学している気がする。
考えれば考えるほど考えが変わってくる。
それが人間である。
それがわからない人が脳科学をして私を困らしているとしたら腹が立つ。
そういう事を聞いてくれる人はいない。
ただ私の言う事は本当にあった話である。
それが無くなる事は無い。
そんな具合だから体の変調は前立腺と同じく至る所にある。
ここまできたら動物扱いである。
どこに人間の尊厳があるのか文句タラタラである。
そこまで書いて私は私の負担の無い生活を選択したい。
それが私ののぞみである。
<<追記20161017end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月18日(火) 雑記
<<追記20161018
今日は帰宅にホームセンターに寄って買い物した。
ここまで来て大体の事は繰り返し表現したと思う。
なんか風情のある生活したい。
42歳にもなって8年で50歳である。
それを考えたら若いというより中年である。
私がこんな事になっているなんて若い頃は想像出来なかった。
先生達が想像させなかったというべきである。
学校の先生や医者の先生のせいである。
そう全ては先生の責任である。
私は無抵抗である。
その割にごまかしごまかしうまくやって来たと思う。
私の出来うる最善だったと思う。
正直私をほめてやりたい。
まだ楽しむ心はある。
それが人生ではないかと思うけどそれが出来ている人を見た事が無い。
気のせいか私が一番楽しんでいる気がする。
それが私の気やすめである。
楽しんでいるうちが花かなと思う。
まだ当分こんな状態が続くような感じでいる。
それはそれで吉かなと思う。
<<追記20161018end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月19日(水) 雑記
<<追記20161019
他人に見返してやりたい。そんな事が中年で可能なのか私には、にわかに信じられない。
42年間の私の結果から言うと不可能に近い。
こんな私を上回るか同じくらいになんか無理である。
歴史上でもなかなか難しい。
人類史上でも難しい。
大体小中学校の時から脱線しているのにいつになったら修正出来るのか私には理解できない。
私はそんなの関わりたくない。
それが私の第一感である。
日本の毛沢東とか日本のスターリンに近い。
強権的なそんなんと相手する気になれない。
どうしてそんなに偉くなるのか理解不能である。
そもそも見返すどころか一般庶民として生きた方がいい。
私自身はそういう一般庶民的なスタンスである。
なのに強権的になろうとする。本当に日本の毛沢東とか日本のスターリンである。
そんなに偉くなんなくても賢い事は可能である。
それがわからない以上いくらやっても他人を見返せない。
それが民主主義の世の中である。
それがわからない以上いくらやっても無駄である。
無駄な人が無駄なこと言って時間が無駄である。
だから私はあんまりそんな強権的な奴とは関わりたくない。
そんなん努力じゃあないからである。
人の努力もわからず何で強権的なのか私には関心が無い。
そんな時間を無駄にするなら努力してた方がマシである。
<<追記20161019end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月20日(木) 雑記
<<追記20161020
日本人の最大の幸福は
民主主義で結果を残す事である。
大体民主主義で結果が残らないのは日本人の不幸である。
必要なのはそれを肝に銘じて生きる事である。
それが無くなったら日本沈没である。
他人を見返す暇があったら何か結果を残す事である。
それも他人の評価より本人の評価である。
他人より本人が本当に満足する結果を残す事である。
そんな本人の満足も出来なくて民主主義は成立しない。
なのに
他人の評価ばっかり気になるのは自分の努力では無いからである。
自分の努力で自分が満足する結果を残す事である。
なのに
日本のスターリンと日本の毛沢東は強権的で敵と味方でまっぷたつ。
それでは日本の民主主義は成立しない。
極めて日本人は不幸になる。
そこまで私は述べて
まだ自分のベクトルを持てないのは本人の問題である。
私自身の問題では無い。
自分のベクトルさえあれば民主主義は成立する。
それはそれで民主主義の力のように思う。
それを否定するなんて私には理解出来ない。
努力できるからこそ自分のベクトルがあるはずだと私は思っている。
<<追記20161020end
とりとめのない趣味の小話4
2016年10月21日(金) 雑記 ツイッター+8 外国語
<<追記20161021
昨日と今日は読書はお休みモードである。
何か頭が疲れている。
気分的には読みたいけど読んだら大変だろうなと思った。
それでも少しだけのペースで読んではいる。
私としてはラクにラクにいくように努力したい。
何も他人と一緒に苦しむ事は無い。
出来るだけ苦しまないようにしたい。
苦しみをうむような人間関係は嫌である。
なので人災にならないように気をつけている。
愛のある所に愛がうまれる。
そう思っている。
私はそれを見つけて生きていきたい。
子供達はわかっている。
そう私も子供の童心のように愛を見つければいい。
それが子供を見ててそう思う。
アホでバカな大人より子供心である。
それを理解出来無くて大人やってられるかと思う。
ただただ問題をもたらす大人は子供心がわかっていないに尽きる。
最も基本的である。
それが大事にならなくて大人はやれない。
結局問題なのは基本も応用もなっていないというだけである。
それをどういう風に修正すればいいのか私にもわからない。
私は私でやってきたっていうだけである。
それをどうしろというのか理解出来ない。
全く困ったものである。
厄介な問題を回避したい。
それが私の第六感である。
だから私は基本姿勢である。
言われた事にこたえ、返答にこたえる事に真剣になり
それ以上の問題は無い。
そうする事で問題を回避している。
結局それも出来ない人が問題を起こしていると思う。
子供に対しても大人に対してもである。
対人関係に問題ありである。
私はそれで問題はない。
ちゃんと言われた事にこたえ、返答にこたえる。
そしてそれで済んでいる。
それが会話で済まない事が問題なのである。
そんな単純さえままならぬ。
それを私がどうしろというのか理解できない。
叫んだってそんなの済まない。
丁寧にこたえるしか解決しない。
それが男も女も出来ていない人が問題なのである。
<<追記20161021end
短歌十首
---> 一通りやり過ごすなり休みありいつもと違う時を求める 行有
---> あまりにも事実無根の話なり付き合い兼ねる面倒ばかり 行有
---> 勉強のやりたい事も多くあり時間がかかる人生かしら 行有
---> 秋時雨歩き通して話あり元気あるなら健康かしら 行有
---> テレビ見て疲れてしまう休みあり難儀におもう健康かしら 行有
---> 自由こそ趣味の世界に求めたいのびやかにある精神のぞむ 行有
---> いつの間に秋にめぐまれ健やかにいきていたいと願うものなり 行有
---> 本人の意見も聞かず叫ぶのみ無駄な人生無関係なり 行有
---> 秋のある御殿場巡り元気かないきてるうちは人は人なれ 行有
---> おもしろきこともなき世を一筋の流星としてくり返される 行有
/*あまりにも*/
/*結果が違い*/
/*比較して*/
/*何にもならぬ*/
/*時が流れる*/
俳句九句
---> 身に入むやどこか心は引きしまる 行有
---> 父からのキンモクセイの香りあり 行有
---> カボスありパンチの効いた元気かな 行有
---> りんごあり朝が始まる気合かな 行有
---> ショウガありおもい深まる年月よ 行有
---> 秋の空願いをこめて歩くかな 行有
---> いわし雲たなびく心目にいれる 行有
---> リンゴあり甘さ広がる心かな 行有
---> 秋晴や寝ても覚めてもうれしいな 行有
/*歩くうち*/
/*月にめがけて*/
/*物申す*/
短歌と俳句と詩英語の掲示板と
ドイツ語の掲示板と
フランス語の掲示板に追記した。
2016年10月24日(月) 雑記
<<追記20161024
私の人生に何で会話の通じない女が関係あんのか理解不能である。
そんな女の人生より私の人生の方が大事である。
私は私の個人的な問題であって社会問題では無い。
女の人生より私の人生の方を大事にしたい。
それは当然の権利である。
何でそれを私の問題にしないで女の問題にする必要があるのか理解不能である。
私は私で私の問題として私を考えたい。
それが基本的人権である。
それを私を病気にして社会問題にしようとするなんて
そんなの正義じゃあない。
私は私の問題である。
だから私は私を大事にして当然の権利である。
なのに私をひどく扱う女は極悪非道である。
私はそんな女は信じられない。
信用おけない女である。
結局私は私の問題なだけである。
なのに何で私が引っ張られるのかそれを無責任としか私は思えない。
私の人生を守りたい。ただその一念だけである。
なのに私を酷使する。
そんなのゲスの女のやる事である。
もうやることやった。ラクに生活したい。これ以上どうしろというのか理解不能である。
努力すればいいだけである。
努力しない人が文句言っているだけである。
<<追記20161024end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月25日(火) 雑記
<<追記20161025
努力しないならそれも自由。努力するのも自由。
何に何で他人に文句たれるのか理解不能である。
自分の文句は自分で解決しましょう。
何でそこで他人が関係あんのか理解不能である。
ひたすらに私の問題なだけである。
他人は全く関係が無い。
そこで何で女が主張するのか私には理解不能である。
私にとって迷惑ぐらいにしか思えない。
私は自由になりたいのに束縛している。
私の人生ぐらい私で決めたい。
それが何で女に左右されなければいけないのか理解不能である。
身動きとれないというのが私の感覚である。
正直好き勝手に生きたい。
えらい迷惑である。
何で女の問題が私に関係あんのか理解しがたい。
大体42歳にもなって もめる事自体が興ざめである。
もめるぐらいなら女の問題はパスしたいぐらいである。
私自身も若く無い。
俗世を離れるのも一興な年代にかかり始めている。
それなのに女がもめる。本当に嫌気をさす。
何だか地獄絵図である。
そういうものに離れて好き勝手に生きたい。
本当に女ってお荷物である。
それが私には信じられないというのが私の第一感である。
自分の可能性を引き出す人はマレなのかとも思う。
私の状況として一刻もラクになりたいだけである。
八方塞がりである。
他人の要求にこたえる余地無し。
全部私の要求にこたえて欲しいというのが私の感覚である。
それが全部女のせいで止まっている。
社会的な確信犯である。正義が許せない。他人が私の社会生活に要求する事自体がおかしい。
それもこれも女と男がもめるせいである。
<<追記20161025end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月26日(水) 雑記
<<追記20161026
もう秋の暮である。時間が過ぎて行く。
そんなに時間を使って解決する問題があるのか聞きたいぐらいである。
そんなものに期待する暇あったら努力した方がマシである。
私はそういう人間なのであんまり期待していない。
期待するだけ損だと思っている。
期待している人が私に苦痛を与えていると思っている。
私としてはどこまでもラクになりたいだけである。
しんどい人生は御免である。そのために努力している。
私の常識では努力せなあラクにならない。
なのにラクにならない。迷惑な人がいっぱいいるからだと思っている。
私は未来のラクより現在のラクを選ぶ。
それに反するのは私の利益にならない。
なぜなら私は中年だからである。
体力的にも気力的にも限界である。
私の利益にならん主張は無視でいい。
それが私の感情である。
そんな無駄な利益より今現在の利益の方が大事である。
私の利害関係のある話しか受けつけない。
正直面倒だというのが私の女の話の第一感である。
それより今現在をより良くしたい事が私の一存である。
<<追記20161026end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月27日(木) 雑記
<<追記20161027
情報処理試験のプロジェクトマネージャの本を何冊か読んでいる。
午前の問題で合格しない気がしている。
それで昨日は知識の獲得として対策を練った。
その後「逆転の大中国史 ユーラシアの視点から」を読んで半分のところである。
資格試験を受けるか受けないかの問題がまだある。
あんまりそんなにプロジェクトマネージャになりたい気もしないのと
対策を読む限り気乗りしないのと
応用技術者試験の方が少し魅力的である。
それで私が何がしたいのか考えるとまた問題である。
それ以外にも通勤時に色んな本を読んでいる。
それで方針が決まる気もまだない。
ただ本が読みたい事がたくさんあるという感じである。
人生とはそういうものかもしれない。
適当に仕事して本を読む。
今の所それが私のしたい事のように思う。
まわり道だけどそのうち何か発想すればいいのだが
物理学のように
私の頭の中で悩みが無い。
それが今までと決定的に違う。
あるとしたらこの世の不景気ぐらいである。
そしてもう一つ仕事のあり方である。
これを軸に私の疑問にこたえようと思う。
それが私の今日の成果である。
<<追記20161027end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月28日(金) 雑記 ツイッター+8
<<追記20161028
今日は雑務が多かった。疲れた。
ハガキ送って、市役所に行き、スーパーで買物し、旅行の昼食のために予約の電話を入れ
短歌と俳句をアップした。
もちろん仕事もした。
昨日は「逆転の大中国史 ユーラシアの視点から」を読み終えて
プロジェクトマネージャの数冊を読んだ。
今日は読書もせず、ゆっくり早めに寝ようかと思っている。
昨日と一昨日はテレビとか読書とかで寝不足だった。
まあ楽しい事が待っているうちが花かな
色々楽しめそうなイベントがあって
疲れてはいるけどポジティブではある。
ゆっくりイベントの構想を練りたい。
市民がのぞむサービスは開拓の余地ありそうである。
そんな手前トップダウンだなあと思う。
ボトムアップはこの日本において不可能なのかなと思う。
新興勢力が出来ないと難しいけど
今の日本はそうじゃあない。
その辺が歴史的に日本はいつまでも変わらないなあと思う。
上でもない下でもない新たな勢力を醸成しなければ世の中は変わらない。
まずどんな仕事の努力が必要かという事と
この世の不景気が直結している気もする。
どうしたら新興勢力となりうるのかそれが大事のように思う。
それは日々の生活にヒントがあるように思う。
勉強と仕事と生活これを丁寧に紐解けばいい気がしている。
また私なりの思いを綴ろうと思う。
<<追記20161028end
短歌十首
---> ありていにいきていけないつらさあり他人ゆずらぬ極悪非道 行有
---> 本人の事情を無視し通じないありえない事当たり前なり 行有
---> 秋の日に大手を振って歩いたり話をしたり買物したり 行有
---> 秋の日に照らされてなお光るなりあのパワフルな笑顔とともに 行有
---> 横になりもうしばらくの夜があるおもむくままに気分良好 行有
---> とりあえず言える事だけ取り上げてストレスためぬ毎日かしら 行有
---> 仕事して疲れて帰り読書ありおもいおもいの夢の中かな 行有
---> 雑務あり歩く覚悟を決めてなお私に出来る道があるかな 行有
---> 秋のある心に描く万華鏡姿を変えて形を変える 行有
---> 運動の秋ありてなお元気ありうれしくもあり悲しくもあり 行有
/*タコなりに*/
/*日本語ならず*/
/*タコみたい*/
/*そんなものまで*/
/*叫ぶみたい*/
俳句九句
---> 歩くなり見つけ出したい秋の色 行有
---> 横になり夜長に進むおもいかな 行有
---> ススキから祝うものなら吉かしら 行有
---> 秋空に心に描くおもいかな 行有
---> 秋歩く富士の高嶺に物申す 行有
---> 秋の暮さびしきものもくり返す 行有
---> 爽やかに清水を巡る旅がある 行有
---> 秋収めどこ行く道ぞ問いかける 行有
---> 暮の秋色んな事がよみがえる 行有
/*来たるべき*/
/*別れをつげて*/
/*紅葉かな*/
短歌と俳句と詩
2016年10月29日(土) 近況
<<追記20161029
今日は羽田空港と新宿に行って京王デパートに寄った。
久しぶりの東京である。
来週は父と温泉旅行に出かける。
そのため月曜日も有休をとった。
買物もそれなりに出来た。計画は大事かなとも思った。
あんまりストレス無く東京を往復出来た。
結局勉強と仕事と生活は水と油である。
それをうまく混ぜ合わせなければいけない。
社会はそれをさせようとしない。それは如実にあんまり他人に知恵を与えない。
結局自分で勉強と仕事と生活をうまく混ぜ合わせる事がゴールである。
それに抵抗しているのが社会だしそんな事はさせまいと思っている。
だからおいしい人は日本にはいない。
いないはずだと思っている。
そして私自身も社会から抹消されている。
つまり社会から抵抗を受けている。
それが常識なのである。
でも本当は違う。それは間違った社会である。そしてその間違った思想のせいで私を困らせている。
本当はやり方次第と人数次第と時間次第である。
それを色々駆使すれば結果は残せる。
なのに世の中はそれに抵抗する。
うまくいかない人が当たり前になっている。
それが日本社会の問題である。
勝手にしろというのが私の気持ちである。
私はそういう社会にささやかなりに抵抗してホームページを作っている。
それが私の社会問題である。
もうあきらめてこんなつまらない
勉強や仕事や生活を解放する事が大事である。
それが出来無いのが世の中の不景気につながっているように私はおもう。
そして私の仕事のあり方が悩みの種にもなっていると思う。
<<追記20161029end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月30日(日) 近況
<<追記20161030
今日は静鉄狐ヶ崎駅からJRさわやかウォーキングに参加した。
ようやくサーバーが復旧したが正常モードではない。
しばらく様子見である。
最低10月分は更新しなければいけない。
まあ過去分でも表示されてれば目的は少し果たしている気もする。
しばらくゆっくりしたい。
そんな気分で来週は温泉旅行である。
あと私の悩みと言えば
幻聴ぐらいである。会話にならんのがたまらん。
会話ぐらいしましょうというのが私の本音である。
それが成立しないのが私のストレスである。
私にとって会話さえ成立すれば問題が無い。
それが私の反射神経というのか脳科学の専門家に聞きたいぐらいである。
どうやってこのストレスをのりきれと言うのか文句タラタラである。
まあ私の体を使って人体実験しているというのが真相だと思っている。
どっちが賢いのか私には理解出来ない。
私が考えている方が効率的のように思う。
だからあんまり期待していない。
何にも考えないで人体実験しているようにしか思えない。
いつまで待てばいいのかもわからない。
ほとんど奴隷状態である。
そんな事になるなら努力した方がいい。それが私の結論であるのに
そんな事になっても努力しているになっている。
本当に誰が偉いのか文句タラタラである。それが世の中の現実なのだと思っている。
そんな私に文句言う奴の気が知れないというのが私の感覚である。
反対に自分でどうにかしろというのが私の文句である。
<<追記20161030end
とりとめのない趣味の小話5
2016年10月31日(月) 雑記
<<追記20161031
今日もサーバーがまだ正常モードでは無い。
明日から11月である。
そんなにロケットスタートしなくていい気もする。
温泉旅行も待っている。
私の疑問は有る事無い事を同じように会話して何になるのかわからない。
あるのはどうにか、なりたいだけである。
そんな暇あったら他の事考えたい。
結局考えるという事が人それぞれという事である。
そういう意味では私が何を考えてきたかというのも一つの経験かなあと思う。
大学でも大学院でも社会でもそれなりに考えてきた。
それが私にとっての考えるという事のように思う。
だから考えるという事は大事である。
それは女も男も同じである。
それなりに考えるとはどういう事かわかっている面があるように思う。
それがなんか私にあるように思う。
私にとって考えるとはどうにかなるためでは無い。
真か偽かみたいな所がある。
問いが偽のためにどうにかなろうとするだろうか?
結局真か偽かなんてどうでもいい議論なのである。
逆にどうにかなるための真か偽かしかない。
ある意味結果論ではあるがいつになったら正解になるのかという疑問しかない。
なんか疲れる。
それも人の人生なんだろうけどしょうがないかもしれない。
私は私なりにこたえるしかない。
それでも、どうせわかってもらえないと思う。
仕方無い話である。
<<追記20161031end
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