散歩みち

バックナンバー

[先月] [目次] [来月] [最新版] [トップ]

2016年9月1日(木) 雑記



<<追記20160901
今日から九月に入った。
段々涼しくならんかと思っている。
当分残暑との戦いである。

私としては知性には配慮した方がいいと思う。
それをないがしろにして物事は解決しない。

あえて批判するならそれを上回る知性が大事である。
批判の先を誤差範囲で証明出来る知性が大事である。
あんまり悪い事は考えない事である。
考えようとするから悪い。
むしろ良い事だけを考えるべきである。
良い事だけを考えればいい。
それが出来無いなら批判すべきで無い。

せめてそれを上回る考えがあるのかが大事である。
そして私の言う事さえ証明できれば批判は成立する。
それが人間らしい生き方である。
再度フェイドアウト開始である。なんか同じ事を繰り返しているけどそれも人生である。
<<追記20160901end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月2日(金) ツイッターより+5



短歌十首更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> いい加減秋心待つ休みあり元気でいれる感謝とともに 行有 
---> 楽しみはエンジンなりてありがたしますます元気感謝とともに 行有 
---> 秋恋し八月の中積み上がる力の限り待ちわびるかな 行有 
---> 道があり歩き通せば終わりありふくらむものは次の展開 行有 
---> 台風で読書しながら家の中過ぎ去るまではおとなしくする 行有 
---> 台風で心に決めた準備あり元気あるなら前を向くかな 行有 
---> 久しぶり仕事に疲れ帰るなり読書あるなら幸せかしら 行有 
---> 今にしてどんな仕事でリズムある生活出来る我が身あるかな 行有 
---> 落ち着いた生活がある日々ありてここしばらくはこのままかしら 行有 
---> 仕事して何を望めば夢となり形となりて幸せかしら 行有 


/*気分こそ*/
/*八月終わり*/
/*一区切り*/
/*やれるものなら*/
/*少しずつかな*/


<<追記20160902
他人がただ私が許せない。
それは私にもどうしようもない。
どうしても私が許せない。
私というものがどういうものか理解もせずただ許せない。
正義というものがヘンテコに見える。
多分他人の正義より私の正義の方が大きいのかもしれない。
私の正義が小さかったら他人も理解できるからである。

それを私がどうしようもない。
例えば
天才をやめて地球の父で理解するしかない。
そうやってスケールを大きくしていかなければ気づかないだろう。
そんな事をして何になるのか私にも判然としない。
そんな暇があったら毎日努力した方がいい。
ほとんど他人が停止したままである。
どうしようもないというのが私の見解である。
そしてそんな人が私を困らせている。
そんな事より活動的に動くことである。
いつまで停止してたら済むのか理解不能である。
私の事で止まっている。そんな事が大事には私には思えない。
正直あきれている。
何も抵抗する事無い。そんな暇あったら活動的になる事である。
<<追記20160902end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月3日(土) ツイッターより+3



俳句九句更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 終戦に願いをこめて平和かな 行有 
---> 夜こそは声にならない蝉の音 行有 
---> 八月の水を飲むなりのどかわく 行有 
---> 気持ち良くトンボすいすい泳ぐかな 行有 
---> 夕立で駅に足止め父とオレ 行有 
---> 汗をかく仕事のりきり家の中 行有 
---> 残暑のりこえるまであとわずかかな 行有 
---> 秋暑く何とかなるや言い聞かす 行有 
---> 我ながらひとふんばりの秋の蝉 行有 


/*秋高く*/
/*希望の空に*/
/*願うかな*/


英語の掲示板ドイツ語の掲示板フランス語の掲示板に追記した。

2016年9月4日(日) 雑記



<<追記20160904
最近はCOBOLの本読んだり
この掲示板のPerl読んだりしている。
Htmlがめんどくさいから他人のコードを借りてた。
折角の資産だから解読し始めた。
コード自体はHtml5にも使えそうである。
Common Lispの本もこの土日に買った。
Lisp自体は別の本でナナメ読みしている。

今日はそれ以外に
ストレッチとリンパ腺による運動を本を読みながら行った。
なんか体がかたいのと体中のめぐりが悪い気がして
少しは気分は良かった。

経済数学とマクロ経済とミクロ経済にも興味を持って
土曜日に電子書籍を買った。

今は民法の本を読んでいる。
法律の本も読みかけの本がある。知らない分野なので
大学の教養で憲法やった程度だが興味深い。

会計の本は何冊か読み終えたけど
まだ何冊か読みかけがある。
簿記も三級は読み終えたが二級はまだである。

自分の知らない事を知るのは楽しいというのが
今の自分である。
知らない事はすべて本に書かれているように思う。


一応雇用保険でもらった予算で自己投資している。
世の中色んな人がいるなあと思う。
医者や化学者や物理学者や数学者や哲学者だけで解決しない。
世界を理解するとは難儀である。
物理一つ理解するのも難しい。

こんな宇宙語話しているような専門家相手に
お互い仲良くやっていかなければいけない。
それが世界の実態である。

それなのに意味不明な叫び声だけの幻聴に
何の意味があるのか私には理解出来無い。
そんなの人間の活動としては末期的である。
私が法律家の事を理解しないのと同じである。
それで社会は成立しない。
ちゃんと理解できるように会話すべきである。
それが出来無いなら何の意味にもならない。

そんな世の中で叫び続ける。
タコの中のタコである。
何の意味にもなっていない。
会話ぐらいしっかりすべきである。
でもなければ一人で生きているのと同じである。

何のために社会を形成しているのかしっかり考えるべきである。
私も自分のやるべき事をやってきた。
他人も同じである。他人のやるべき事をやるしかない。
何も他人と私は同じではない。
それは専門を考えたら当然である。
細分化された専門をまた考えたら同じように違ってくる。
結局自分のやる事やるしかない。
それでしか自己表現出来無い。
結局個々の問題しかなっていない。

なのにみんな同じにはならない。
みんな違うってだけである。
なのに同じになりたいなんてありえない。
やればやるほど違ってくる。それが人間である。
私にはそういう世界にしか見えない。
一人になりたくなかったらしっかり会話すべきである。
会話も出来無いならひとりぼっちである。
そういう認識も無く私は他人が理解出来無い。

それぐらい個々が違っているのに気づいていないように思う。
それが私の感覚である。

今週もフェイドアウトに努力する。
ボチボチやりたい。
<<追記20160904end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月7日(水) 雑記



<<追記20160907
未来に期待するとしたら
私にとって何だろうと考えている。
どうせなら夢の広がるように生きたいかなあと思う。
そうでもないなら生きている価値無い気がする。

そこで私の夢は何だろうかと考える。
せめて愛らしく子供と話する事かそれとも
愛するもののために物事を形にする事かそれとも
尊い愛を具現化する事か

いずれにせよ未来に何かをあらわしたい。
そうでもないなら
あまりにつまらない。
つまらない人生なんて嫌である。

少しでも喜んでくれるようなものを形にしたい。
やっぱり最後はアミューズメントパークかな。
どうせ生きるなら未来に希望を持ちたい。
段々形になっている。
これを周りの力を借りて花を咲かせたい。
それが出来るんじゃあないかと妄想している。
ボチボチやりたい。
フェイドアウトも段々やっていきたい。レッツゴー!!!
<<追記20160907end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月9日(金) ツイッターより+5



短歌十首更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 八月の下旬に至り夢となり形となりて元気あるかな 行有 
---> 山ありて登る元気が幸いし健康あれば人間かしら 行有 
---> 秋のぞみ深まるものは数知れずやがてそのうち何とかなるさ 行有 
---> かたづけて九月をのぞむ私ありもうしばらくは辛抱かしら 行有 
---> 秋暑くもうしばらくのおもいあり待てば待つほど手に届くかな 行有 
---> 残暑から食べたいものもありはせず買物困り父浮かぶなり 行有 
---> なごやかに今日も元気に帰るなり課題あるならそれも良しかな 行有 
---> ここまでは信じられない今がある常に先取る観念頼り 行有 
---> 今があるこんな時間も風情ありそれが唯一の生きる道かな 行有 
---> あの蛙どこへ行くやら元気あり水の音までこだまするかな 行有 


/*夢となり*/
/*形となりて*/
/*今がある*/
/*未来にもまた*/
/*大きくしたい*/


<<追記20160909
仕事も自分の仕事しか興味無い。
仕事の事しか考えない。
それを何の努力なのか理解不能である。
結局何事も真面目に生きる事である。
何が正しくて何が正しく無いのかただ真面目に生きてこそ発言できる。
わからなくても自分の努力はあらわせる。
結局努力ありきである。
何にも他人に頼って解決する事は無い。
自分なりに真面目に生きるしか無い。
それが仕事だけで解決しないというだけである。
真面目に生きるただそれだけである。

それだけのためにもめている。
人間やめた方がいいんじゃあ無い。
そんな暇あったら努力する事である。
<<追記20160909end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月10日(土) ツイッターより+3



俳句九句更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> ススキあり時の流れに期待あり 行有 
---> ヘンテコな台風の雨恐るべし 行有 
---> 夜長ありおもいをのせる私あり 行有 
---> そのうちにおさまるはずさ秋の草 行有 
---> 秋めけば何かが出来るおもいかな 行有 
---> 段々と深まるものは秋かしら 行有 
---> 歩きつつ喜ぶ先に秋の色 行有 
---> 夜長こそのぞむ所だ腹くくる 行有 
---> 母とみる流れ星こそ何だろな 行有 


/*くやしくて*/
/*課題が進む*/
/*秋の夜*/


英語の掲示板ドイツ語の掲示板フランス語の掲示板に追記した。

2016年9月12日(月) 雑記



<<追記20160912
昨日の日曜日からちょっと調子をくずしている。
今日は何とか仕事している。

全く幻聴は参る。
私の事情と他人の事情は違う。
そして幻聴の主は他人とうまくやってけない。
自分の事情しか主張していない。
まわりとうまくやってけないのに何で私が関係あんのか理解に苦しむ。
自分の事情が解決するまで永遠とやるつもりである。
私の事情何て関係無い。

こんな疲れる話を毎日聞いている。
私だけが頑張っている気がしてくる。
そうじゃあないでしょう?他人だって頑張っている。

それなのに私に関係の無い話をする。
本当にストレスである。
私の事情で押すしかないじゃあないのかと思う。
なのに関係無い女が叫ぶ。まさに幽霊である。
<<追記20160912end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月16日(金) ツイッターより+5



短歌十首更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 九月から暑さ過ぎ行く日を送り読書とともに前を向くかな 行有 
---> ストレスの人の声ほどくだらなく思考回路が自由にならぬ 行有 
---> 知る事が楽しい我が身あるならばようやくここに感謝あるかな 行有 
---> 台風でゆっくりするも乙かしら気分すぐれる感謝とともに 行有 
---> 雨降らず台風恐れいかがかな課題見い出し元気とともに 行有 
---> 健康に生きれるものを良しとして価値があるなら求めていたい 行有 
---> 色々と雑務に追われていねいにのりこえるべき秋の道かな 行有 
---> 通じない理解しがたい叫び声こそくり返しストレスたまる 行有 
---> 用足りず悲しく帰りあしたこそ願いをこめて気合あるのみ 行有 
---> くやしくて課題が進む我が身あり過ぎた頃には清々とする 行有 


/*色々と*/
/*うまくいかない*/
/*心身は*/
/*整理がつかず*/
/*健康のぞむ*/


<<追記20160916
自分で幸せをつかめないものを
他人の私がどうやっても無駄である。
せいぜい私にできる事はアドバイスぐらいしかない。

それを私に色々文句言われても
不可能なものは不可能である。
それが本当の楽しむということのように思う。
大体何でも楽しめるのである。
なのに楽しめ無いのを楽しめなんて不可能である。
精神的なものも必要だし技術的なものも必要だし健康も必要である。
それを強制的に楽しめと言ったって不可能でしょう?
大体逆も同じである。
楽しめ無いのを知れと言ったって不可能である。
健康状態も違う。技術を使わなくたって経験的にピンとくる。
いろんな神経が存在する今精神なんて同じなんてもはや不可能である。
そうやって不可能な事なのに他人はあきらめない。
ここまでくると私には処方箋が無い。
勝手にしてくださいぐらいしか無い。私は違うんですぐらいしか無い。
なんでここまで来て同じにならないと済まないのは間違っている。
どんどん多面的に複雑的に違ってくるでいい。

結局自分の頭で考えないと幸せになれないのだというのが私の持論である。
私もボチボチやりたい。
<<追記20160916end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月17日(土) ツイッターより+3



俳句九句更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 虫の音にかきたてられて読書あり 行有 
---> 九月からおもい深まり元気かな 行有 
---> 目にとまる秋を探してうれしいな 行有 
---> 秋草や心身ともに気合かな 行有 
---> なんとなくいつもと違う秋の朝 行有 
---> 狩野川でとなえてはやる秋の雲 行有 
---> 夜長からはじまるものは面白い 行有 
---> 深まればこころゆくまで秋の夜 行有 
---> 天の川心に描く願いかな 行有 


/*虫の音が*/
/*耳に届いて*/
/*我かえる*/


英語の掲示板ドイツ語の掲示板フランス語の掲示板に追記した。

2016年9月23日(金) ツイッターより+5



短歌十首更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 休みこそ何かが済んで家の中何をしようか思案に暮れる 行有 
---> 秋こそは次から次へおもいありこなしていけば未来をのぞむ 行有 
---> 色々と読みたい本が数あれどどんな未来も未知数かしら 行有 
---> 第一に健康ありて仕事あり色んなおもい胸にするかな 行有 
---> 日曜日調子をくずす月曜日仕事を終えてどうなるかしら 行有 
---> 他人との関係無くて自分だけ私も知らぬ女の話 行有 
---> 夕食の食欲無くてカゼらしい様子見ながらどうなるかしら 行有 
---> カゼらしく元気も無くてへこたれるうまくいかない人生かしら 行有 
---> 色々と調子が変わる人生は弱気にもなり強気にもなる 行有 
---> 調子こそ強気と弱気知るほどにあてにもしない道を求める 行有 


/*色々と*/
/*調子良くない*/
/*おもいから*/
/*だましだましの*/
/*一日かしら*/

2016年9月24日(土) ツイッターより+3



俳句九句更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2016… 


---> 秋の気に一息ついて気合かな 行有 
---> 秋気から元気あるならありがたし 行有 
---> 秋夜から計画立てて進むかな 行有 
---> 新涼におもいはどこか重ねてる 行有 
---> 夕食後父と二人でナシがある 行有 
---> 夕食後ブドウ楽しむ我が家かな 行有 
---> ほえまくる何を考え天の川 行有 
---> 秋になり体調くずしほえるかな 行有 
---> 秋日和休むひと時大事かな 行有 


/*秋彼岸*/
/*父と二人で*/
/*祈りあり*/

2016年9月25日(日) 近況_part2



<<追記20160925
今日は下土狩駅から沼津まで
JRさわやかウォーキングに参加した。

帰り際イトーヨカドー三島店に寄って
父と合流した。

最近はプロジェクトマネージャの本を読み出した。
来年の春に試験を受けるのかは未定である。

9/14に内科の病院に行って薬をもらった。
薬は飲み終えて大分調子は戻ってきつつあるが
こんなに調子悪いと生きるのが嫌になるんだと思い知った。
体力バテもあった気がする。
読書やら登山やら寝不足もあって疲れてた。
今日は久しぶりに歩いて
良く寝れそうである。

そんなこんなで健康が第一であると再確認している。
最近気になるのは仕事である。
どうしたら幸せに仕事が出来るのかという疑問がある。
日本経済は国民の需要にこたえられていないのではないかと思う。
それは市町村や県や国の失策ではないかと思う。
そして私も例外なく仕事でこたえられていない。
もっと可能性を考えたら色々出来るのにその組織が無い。
そうやって私も三島の地で仕事に困っている。
どう考えても日本経済は需要にこたえていない。
それではデフレになって当たり前である。
だってお金の使い方がなっていないからである。
需要はあるのに需要にこたえていないからである。

そう言っても私の力でどうにかなる話でも無い。
私自身ほったらかし状態である。
なので私がリーダーになることは無い。
私がリーダーだったらとは思うけど
今の状態だったらありえない。
私を障害者扱いにしている以上リーダーなんて遠い存在である。
いくらスカラー波だの白装束の教祖と同じ目にあっていると言っても
おかしいから障害者扱いなのである。
それではいくらたってもリーダーになんかなれない。

ただ私がリーダーだったら知的な事に投資する。
ITを使った知的創造を推進する。
自分の能力開発のためにITを活用する社会を作り出したい。

でも私が障害者な手前無理の話である。
いくら病人でも無いと言っても病人扱いである。
そんな人にわけのわからん女に迷惑を受けている。
なんでこんなに女がもめるのか理解不能である。
いくらなんでも正常な男ともめるべきである。

なので私自身女の話は興ざめである。
なんでこんな貧弱な私を困らせる気なのか理解不能である。

もっと男らしい正々堂々とした健康的な男ならまだわかる。
なんで電磁波受けてこんな障害者扱いの私が困らなあかんのか文句タラタラである。
そうやって私が頑張らなあ正しいベクトルが見つからない気もしたりするほど
この日本の停滞ぶりに情けない気がする。
太平洋戦争が何だ。今も同じ状態である。正しいベクトルを持った人間が今必要なのである。
それは戦争も平和も同じ状態なのではないかと思う。

毎日自分の能力開発にITを駆使出来ている奴が
私は正しいベクトルだと思う。
それが消費者ベースで出来ているように思えない。

私は医者に烙印を押された障害者である。
多分それは医者も犯人である。
そうやって私の体を人体実験されてきた。
それを隠して今まで障害者をやってきた。
その屈辱は耐え難いものである。
それなのに女はさらに私にストレスを与える。
それは本当に犯罪である。
そんな屈辱的な話は存在しない。
それが私の本音である。
<<追記20160925end

とりとめのない趣味の小話4

2016年9月27日(火) 雑記



<<追記20160927
胃から前立腺から肛門から大腸から鳥肌からの変調
背骨の痛み
白装束の教祖と同じ境遇
反射的に反射神経で催眠術が成功する。

一人の人間が他人と異なる事だってある。
それはなぜか本人に手段がある場合である。
他人には手段が無い場合である。
それなのに他人と比べて本人にとって正解になんかなんない。
可能なのはその手段で他人が可能かどうかしかない。
そして本人の手段は本人にとって真でしかない。

それなのに自律神経と同じレベルで私を見ている。
私にとって私は特有である。
それに医者も技術者も気がついていない。
一体こんな動物みたいな動物実験をいつまでやるつもりなのか文句タラタラである。

なんか人間的な生活がしたい。
それが私の欲求である。
わけわからん女ももう少し自分の状況を理解した方がいい。
どう考えても女の方が環境がいい。
それなのに何の結果も残せない。
そんなんどこの男性とも同じ立場である。
それなのに偉そうな事言っている。
ありえない女がありえないように叫んでいるだけである。
そんなん誰も相手しない。
そういう認識が出来ない女も女である。

そんなんよりもっとまともに話が出来て人間的な生活がしたい。
それが私の人間としての欲求である。
それが動物レベルで苦しんでいる。
本当に屈辱的である。
<<追記20160927end

とりとめのない趣味の小話4


[先月] [目次] [来月] [最新版] [トップ]

Akiary v.0.61